(新書)この国でそれでも生きていく人たちへ――森永卓郎の思考を受け継ぐ

はじめに

先日、森永卓郎先生がご逝去されたとの報に接し、深い悲しみに包まれています。長年にわたり庶民目線の経済評論家として活躍されてきた森永先生は、その数多くのご著書を通じて、私たち読者に思考する喜びと勇気を与えてくださいました。私自身も、先生の著書を繰り返し読み込んだひとりとして、先生の柔軟な発想や鋭い社会洞察に幾度となく驚かされ、導かれてきた記憶があります。

本書をまとめるにあたっては、森永先生の思考と視点を可能な限り踏襲しようと心がけました。先生が生涯を通じて探究された「日本という国の現実」と「そこに生きる私たちの姿」は、多くの示唆を含んでおり、そのほんの一端でも継承できればと願いながら執筆を進めた次第です。先生の残してくださった知見や問題提起が、令和という新しい時代を生き抜くための指針として、少しでも読者の皆さまのお役に立てば幸いです。

ここに捧げる本書は、森永卓郎先生に対する私なりの感謝と敬意の証でもあります。経済や社会を“庶民”の目線から見つめ続けてきた先生のまなざしを、今後も大切に受け継いでいく――その想いを込めて、本書を世に送り出したく思います。願わくは、本書を手に取ってくださった皆さまが森永先生の思考に触れ、私たちの未来を共に切り開く一助としていただければ、これほど嬉しいことはありません。

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第1章 来たるべき大恐慌からいかに逃れるか

目次

1. 序章:迫りくる“大恐慌”の足音

「大恐慌」という言葉を聞くと、多くの人が1929年の世界恐慌や、戦後日本における不況の記憶を思い起こすかもしれません。かつては“過去の歴史”として語られがちだった大規模な経済崩壊が、いま再び現実味を帯びていると言ったらどうでしょうか。デフレの長期化、政府債務の拡大、金融緩和の副作用など、日本経済をめぐる暗い兆しは決して小さくありません。

本章のテーマである「来たるべき大恐慌からいかに逃れるか」は、現代の私たち一人ひとりにとって喫緊の課題です。国の経済政策やグローバルな資本の動きが複雑に絡み合う中で、庶民の暮らしを守るためにはどんな視点と準備が必要なのでしょうか。マスコミの報道や政府の“表向き”の説明だけを鵜呑みにしていては、いざというとき自分を守れない可能性があります。

ここでは、経済評論家として長年にわたって“庶民目線”で日本の実態を見続けてきた私の経験を踏まえ、「いま、どこが危険なのか」「どうすればその危険を回避できるのか」を具体的に論じていきます。

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2. 大恐慌が起きる条件:日本経済の“地盤沈下”

大恐慌とは、株価暴落だけでなく、信用収縮(資金の流れが止まること)や雇用崩壊(企業の大量倒産・解雇)など、多方面に影響が連鎖的に広がる状態を指します。日本に限らず、世界各国がいつその“渦中”に巻き込まれてもおかしくない構造的リスクを抱えています。

2-1. 政府債務と社会保障のひずみ

日本が抱えている巨額の国債発行残高は、世界でもトップクラスです。これ自体が即座に大恐慌をもたらすわけではありませんが、金利上昇や海外投資家による売り浴びせのリスクが少しでも高まれば、一気に市場が混乱する可能性は拭えません。さらに、少子高齢化によって社会保障費は増え続ける一方です。税収や保険料だけでは到底まかなえず、財政が逼迫すればするほど、何らかの形で国民に負担がのしかかります。

2-2. 金融緩和の副作用

リーマンショック以降、世界の中央銀行はこぞって量的緩和を拡大し、ゼロ金利あるいはマイナス金利の環境をつくり出しました。確かに、短期的には企業の資金繰りや国債市場を安定させる効果がありましたが、長期間続けばバブルが再燃し、いずれは何らかの形で“はじける”リスクが高まります。とりわけ、日本銀行による大規模な国債買い入れは、異次元とも呼ばれるレベルに達しました。この“異常事態”が当たり前のように続いていること自体が、逆に不安要素でもあるのです。

2-3. 消費低迷と国内産業の空洞化

デフレマインドが長く続く中で、人々はますます消費を控えるようになっています。さらに、企業は生産コスト削減のために海外に拠点を移し、国内の雇用や産業構造が脆弱化。これによって需要と供給のバランスが崩れ、景気回復の大きなエンジンが見当たらない状況が続きかねません。「給料が上がらないから使えない」「消費が伸びないから企業も投資しない」という悪循環こそが、大恐慌へとつながる導火線になり得ます。

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3. 過去の事例から学ぶ:“バブル崩壊”と“リーマンショック”

3-1. 日本のバブル崩壊(1990年代)

バブル崩壊の最大の教訓は、資産価格が急騰しているときこそ冷静であるべきだという点です。当時は土地や株価が右肩上がりで「一生上がり続ける」と信じられていました。しかし実際は、その背景に過剰融資や実体を伴わない期待があっただけで、崩れるときはあっという間。大企業でさえ倒産の危機に直面し、“失われた10年”が始まりました。

3-2. リーマンショック(2008年)

リーマンショックの本質は、金融技術の乱用と「リスクの証券化」が一気に崩れ去った点にあります。サブプライム住宅ローン関連のデリバティブが次々と不良化し、世界的な金融危機へ連鎖しました。日本の銀行・証券会社も多大な損失を被り、実体経済にも甚大な影響が広がりました。

これらの事例から見える共通点は、「無理な借金」と「過度な金融商品の氾濫」がもたらす連鎖的な崩壊です。個人や企業がいくら慎重でも、金融システムが破綻すれば巻き添えを食らう可能性がある。大恐慌の“引き金”は必ずしも国内発とは限らないのです。

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4. “来たるべき大恐慌”への備え:個人がいまできること

それでは、こうした危機に対して私たちは具体的に何をすればよいのでしょうか。ここでは、庶民が少しでも被害を抑え、むしろチャンスに変えていくための視点を示します。

4-1. 家計のダイエットと現金の確保

第一に、過度なローンやクレジットに依存した生活を見直すことが重要です。自宅や車のローンはもちろん、学資ローンやカードローンなど複数の借金を抱えている場合、経済危機時には一気に返済負担が重くなります。また、いざというとき現金(もしくは流動性の高い預金)をどれだけ確保できるかが、家計を破綻から守るカギとなります。

4-2. 投資の分散とリスク管理

投資によって資産を増やすことは「来たるべき大恐慌」への対策として一見矛盾しているように見えますが、正しくリスク分散をしておけば、むしろ暴落局面の“買い場”を活かすことも可能です。株式、債券、投資信託、金(ゴールド)など、複数の資産クラスへ分散し、市場が大きく下落したときは慎重に追加投資を検討する。短期的な値動きに一喜一憂しない「長期的視点」を持つことが大切です。

4-3. 情報リテラシーの向上

大恐慌を迎える前には、必ず「何かがおかしい」という兆しが市場や社会の至るところに現れます。普段からニュースや経済統計に目を配り、疑問を感じたら深堀りする姿勢を忘れないでください。専門用語が難しくても、最初はざっくりとした理解で構いません。大切なのは、自分の頭で考え、複数の情報源を確かめ、鵜呑みにしないことです。

4-4. 人とのつながり・コミュニティ形成

経済危機は精神的なダメージも大きいもの。資産が目減りする不安や、職を失う恐怖から“自分だけを守る”モードに入りがちですが、危機こそ助け合いが必要な場面でもあります。家庭や地域、SNSや趣味の仲間など、信頼できる人とのつながりを広げておくと、いざというときに思わぬ情報や支援を得られるかもしれません。

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5. 政策・社会構造への問いかけ

もちろん、個人や家庭レベルの対策だけでは大恐慌の衝撃をすべて緩和できるわけではありません。根本的には、政府・企業・金融機関がどのような方向へかじ取りを行うかが重要になります。しかし、私たち庶民があまりに無関心でいると、政治や大企業の論理が優先され、結果として「気づいたときにはもう手遅れ」ということになりかねないのです。

  • 金融政策の正常化
    異次元緩和からの出口戦略をどう描くのかが課題です。金利をどこまで引き上げられるのか、あるいは引き上げに耐えられる経済構造なのか、政治家や官僚が本気で議論する必要があります。
  • 再分配とセーフティネット
    一部の富裕層だけが恩恵を受ける仕組みでは、不況時に大多数の国民が一気に苦しくなります。健康保険、失業保険、生活保護など“最低限の生活を守る”ための制度を充実させ、困った人が早めに手を打てる体制を整備することが不可欠です。
  • 将来への投資と産業構造転換
    教育、研究開発、デジタル化・グリーン化など、国際競争の中で強みを発揮できる分野への重点投資が急務です。産業や雇用の空洞化を放置すれば、好景気はおろか最低限の安定すら望めなくなるでしょう。
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6. 結びにかえて:危機を“ただの終わり”にしないために

大恐慌が発生すれば、株価や土地価格、雇用や消費は一気に冷え込み、多くの人が「明日はどうなるのか」と不安に駆られるでしょう。しかし歴史を振り返れば、大きな経済の揺り戻しは何度も起きてきました。その都度、新しい価値観やビジネスモデルが生まれ、次の時代を切り開いてきたのも事実です。

本章で述べてきたように、まずは“危機に気づくこと”と、“そのときの備えを始めること”が大前提になります。大企業や政治家だけが助かり、私たち庶民が路頭に迷うような未来を繰り返してはいけません。次章以降では、世界情勢の不安や紛争リスク、投資アレルギーなど、私たちの生活や心理に深く関わるテーマを掘り下げていきます。そこで見えてくるのは、「大恐慌」の先にある、さらに厳しいリアルかもしれません。

だからこそ、いまこそ知識を得て行動を起こすことが大切です。暗いニュースばかりが続く中でも、私たちが自らの暮らしを守り、前へ進むためのヒントは決して少なくありません。危機は変革のチャンスでもある――この意識を持ち、先を見据えた準備を続けることこそが、次の大恐慌を“ただの終わり”にしないための要となるのです。

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第2章 有事・紛争という地獄はすぐそこまで迫っている


1. 序章:不穏な国際情勢と“有事”のリアリティ

世界各地で紛争の火種が消えず、国際的なパワーバランスも大きく揺らいでいる中、「まさか日本が戦禍に巻き込まれることはないだろう」と考えるのはもはや楽観が過ぎるかもしれません。ロシアによるウクライナ侵攻、新たな冷戦構造の台頭、アジア周辺での軍事的緊張――いずれも数年前には想像できなかった深刻度で進行しています。

私たちが暮らすこの国においても「有事」「緊急事態」「紛争」などの言葉が、決して遠い世界の話ではなくなってきました。先の見えない不況や政治の混迷と相まって、もし大規模な国際紛争やテロ、国内での自然災害に伴う“社会不安”が起きれば、日本経済や国民生活にどのような影響が及ぶのか。ここでは、国際情勢が不安定化するリスクと、それが私たちの日常をどう変えるかを考えていきます。


2. 不安定化する世界:予兆と背景

2-1. 多極化する国際秩序

第二次世界大戦後、国際社会は米ソ冷戦構造を経て「アメリカ一強時代」を迎えました。しかし近年は、中国やロシアなど新興・大国の台頭により、再び多極的なパワーバランスへ変化しています。これ自体が必ずしも悪いわけではありませんが、「安全保障」という視点では、各国の利害衝突が激化し、思わぬ地域での衝突や国際テロが誘発されやすい環境といえます。

2-2. 経済制裁の連鎖とサプライチェーンの混乱

紛争が拡大すると、経済制裁や貿易規制の連鎖が起き、世界各地のサプライチェーンが分断される可能性があります。たとえば、ある国で取れなくなった資源や製品が、日本国内のメーカーの生産ラインを止める――そんな事態も十分に考えられます。さらに、エネルギー・食料価格の高騰が家計を直撃すれば、私たちの日常生活は一気に逼迫するでしょう。

2-3. デジタル戦争とサイバー攻撃

近年の紛争は、物理的な戦闘だけでなく、サイバー空間を舞台にした攻撃や情報操作が重要な役割を果たすようになっています。インフラ企業や行政機関がサイバー攻撃を受け、通信網や金融システムが停止するリスクは無視できません。企業秘密や個人情報の漏洩も含め、私たちは想像以上に「目に見えない戦場」に巻き込まれる可能性があるのです。


3. 日本に迫る“有事”シナリオ

「日本は平和国家だから大丈夫」という認識は、もはや時代遅れの甘い考えかもしれません。ここでは、日本が直面しうる紛争・緊急事態のシナリオをいくつか挙げてみます。

3-1. 周辺国との領土・海洋紛争

日本は海洋国家ゆえに、多くの隣国と海を介して接しています。もし領海や領空の侵犯、島嶼(とうしょ)部の領有権問題などで衝突が起きれば、日本が武力的または外交的に巻き込まれる可能性は否定できません。近年の軍拡競争を踏まえると、こうした衝突が即座に経済制裁や物流制限へ発展し、国内産業が深刻な被害を受けることも十分考えられます。

3-2. グローバルテロ・ハイブリッド戦争

国際テロ組織や国家支援型のサイバーテロが、五輪や万博など国際的イベントを狙うリスクは常に存在します。大都市の公共交通機関や電力網が攻撃されるだけで、大勢の人命が脅かされるだけでなく、金融市場や物流の混乱を通じて企業活動にも大打撃が走ります。

3-3. “想定外”の自然災害と社会不安

日本は地震や台風など自然災害が多発する国です。もし大規模災害が起き、その復旧・復興に行政や企業が手いっぱいになる時期に国際的な紛争・衝突が重なれば、日本は二重三重の危機に直面することになります。「災害対応をする余裕がない」「海外からの支援が届かない」という最悪のシナリオもあり得るのです。


4. 有事・紛争がもたらす経済的衝撃

紛争が拡大すると、通常の景気後退以上に急激で広範囲な不況が訪れる可能性があります。資源価格の高騰で一気にインフレが進む一方、企業活動の停滞で実質所得が下がる「スタグフレーション」に陥る懸念も高まります。さらに、消費マインドの冷え込みや治安リスクの上昇で、経済の停滞が長期化する恐れがあるのです。

4-1. 物価高と生活コストの上昇

有事の際は、原油・天然ガスなどエネルギー資源の流通が制限されがちです。自動車の燃料代や電気・ガス代、食料品の価格が高騰すれば、家計にとっては大きな負担増。企業も生産コストが上がり、製品価格への転嫁やリストラを余儀なくされるかもしれません。

4-2. 投資・金融市場の混乱

安全資産とされる金や米ドルが買われ、一方で新興国通貨や株式から資金が流出するといった動きが起きやすくなります。日本円がどう動くかは状況次第ですが、もし日本が当事者化すれば円安・株安が同時進行するリスクも否定できません。また、世界経済全体が動揺すれば、輸出入や海外投資を通じて日本企業の経営にも大きな打撃が走ります。

4-3. 「一億総安保時代」の不安

国家が防衛費・安全保障費を増やすと、そのぶん社会保障や教育への予算が削られる恐れがあります。消費税増税や各種保険料の値上げが必要になるなど、国民生活にじわじわと影響が広がるのです。「国を守るためには仕方ない」と受け入れられる場合もありますが、将来的に若者や弱者への財政支援が不十分になるデメリットも見逃せません。


5. 個人・家庭でできる“有事対策”

目を背けたくなるテーマですが、私たち個人ができる備えはあります。戦争やテロを個人レベルで防ぎきることは不可能にしても、リスクを見据えた行動を取ることで被害を最小限に食い止める手立ては存在します。

5-1. 非常用品・生活物資のストック

防災バッグや非常食・水の備蓄は災害対策としても推奨されていますが、有事・紛争による物流停滞が起きた場合にも効果的です。「何かあっても数日間は暮らせるだけの物資」をあらかじめ用意しておきましょう。

5-2. 資産防衛と情報収集

外貨建ての資産や金(ゴールド)など、日本円以外の「セーフティ資産」を一部持つことで、通貨下落リスクを分散させることができます。加えて、“紛争リスクが高まっている兆候”について知り得る海外メディアや専門家の情報を定期的にチェックする姿勢が重要です。

5-3. コミュニティづくりと“互助意識”

経済危機や紛争時には、行政サービスや物流が円滑に機能しにくくなります。こうしたとき、頼りになるのは地元の知り合いや、オンライン上でのコミュニティです。お金で買えない情報や助け合いの関係を築いておくことで、いざというときの不安をかなり減らせます。


6. 国・社会に求められる大局的な備え

「国民の生命と財産を守る」ことは政府の責務でもあります。しかし日本の防衛政策や外交努力は、近年ようやく積極姿勢が見え始めたとはいえ、まだまだ内向き・遅れ気味な印象が拭えません。有事対応に強い国へと舵を切るためには、以下のような視点が欠かせないでしょう。

  1. 安全保障の多角的アプローチ
    軍備だけでなく、サイバー防衛や食料・エネルギー自給率の向上、外交ルートの確保など、総合的な視野が必要です。
  2. 国際協調と外交力の強化
    緊張緩和に向けた対話や経済連携を積極的に進めながらも、万一の対立が生じた際の被害を最小限に抑えるルール作りや協定の整備が重要です。
  3. 情報統制とのバランス
    いざ紛争が起きると、政府は“情報保全”の名目で国民への情報開示を制限する可能性があります。しかし、正確な情報が得られなければ個々人は適切な防衛行動を取れません。民主主義社会としてどの程度の透明性を維持できるのか、大きな課題です。

7. 結びにかえて:不安を建設的な行動に変える

「戦争は起こってはならない」「日本が巻き込まれるわけがない」と多くの人が願う一方、世界史は度重なる紛争と変革の積み重ねで成り立ってきました。有事や紛争のリスクは、現代に生きる私たちが対峙せざるを得ない現実の一つです。

暗い話題ばかりに思えますが、危機への備えを考えることは、言い換えれば「平時のうちにリスクを取り除き、必要な防衛体制を整える」チャンスでもあります。もし何も起きなければそれで良し、最悪の事態を想定していたおかげで被害が軽減できればなお良し――こうした“備えの二重効用”が有事対策の本質です。

次章(第3章)では、私の父・森永卓郎が提起する「令和恐慌」について論じていきます。経済危機がどうやって起こり、誰がそれを引き起こそうとしているのか。そして、有事リスクと組み合わさることで日本がどれほど深刻な状況に陥り得るか。まるでドミノ倒しのように連鎖しうる最悪の事態を想定しながらも、そこに対抗する術を一緒に考えていきましょう。

第3章 「令和恐慌」をもたらすのは誰か


1. 序章:「令和恐慌」という新たな脅威

令和の時代が始まり、はや数年。元号が変わっても、日本経済の停滞感は一向に払拭されていません。むしろ、国内外の混乱や不確実性が高まるなかで、「令和恐慌」という言葉がじわじわと現実味を帯びてきています。
では、なぜ「令和恐慌」が起こりうると言われるのでしょうか。少子高齢化が進む日本社会は、国全体の需要が縮小傾向にあるうえ、財政悪化や社会保障費の増大など構造的な課題を抱えています。さらに、前章で森永康平が指摘したような有事・紛争リスクが顕在化すれば、経済不安に拍車がかかるのは必至です。

ここで焦点となるのが、「令和恐慌」はいったい誰が引き起こし、どのようなメカニズムで深刻化していくのか、という点です。本章では、その責任の所在や原因を多角的に考察しながら、同時に私たち一人ひとりができる対策の糸口を探っていきます。


2. 「令和恐慌」の正体:構造的停滞と政策ミスの連鎖

2-1. バブル崩壊後の“ツケ”を先送りしてきた日本

平成の初期に始まったバブル崩壊以降、日本は長らく「失われた○○年」と称される低成長・デフレの時代を過ごしました。政府や日銀は景気刺激のための政策を模索してきましたが、その多くが「痛みを遅らせる」先送りの施策に留まっていたのも事実です。
その結果、膨大な国債残高と異次元金融緩和が続き、財政の健全化も進まず、さらに社会保障費は拡大の一途。ここへきて経済成長の余力が乏しいまま、高齢化社会がいよいよ本格化している――これが“令和恐慌”の大きな下地となっています。

2-2. 消費税増税と庶民の重圧

「令和恐慌」のトリガーとしてもしばしば指摘されるのが、消費税増税やその他の増税です。消費税は逆進性が高く、低所得層ほど家計の負担感が大きくなりがち。さらに、コロナ禍以降は経済の回復が鈍いなかでの増税策も重なり、個人消費が盛り上がりにくい状況が続いています。
庶民の財布のひもは固くなり、企業も積極的な投資をためらいがち。こうした悪循環が長引くと、景気はさらに冷え込み、「令和恐慌」にまっしぐら――そんなシナリオが現実になる可能性は十分あるのです。

2-3. 政府・官僚主導の“政策ミス”

経済政策の失敗が続く背景には、政権や官僚機構が長年にわたって築き上げてきた特定の利害構造があると言えます。大企業や特定業界を優遇する施策は実行されやすく、庶民や中小企業向けの抜本的な改革は後回しになりがち。
財務省による増税路線や、経産省の産業政策への過干渉など、各省庁が自分たちの権益を優先することで、結果として“最善策”が取れない状態に陥っている面は否めません。この構造そのものが、「令和恐慌」へ拍車をかける要因となっています。


3. 「令和恐慌」は誰がもたらすのか

3-1. 政治家・官僚の“保身”と責任

多くの国民が希望を抱いた“令和”という新時代に、なぜ経済崩壊の危険が漂うのでしょうか。その裏には、政治家や官僚の“保身”が見え隠れします。景気対策の失敗や財政悪化の責任を国民に押し付ける形で、“増税”や“社会保障の切り捨て”へとシフトすれば、当然ながら国内需要は縮小。
しかし、彼らが自らの失策を認めて改めようとする動きはまだまだ弱い。選挙の際には国民受けのよいスローガンを掲げ、当選後は既得権益を維持するための調整を優先する――こうした構図が続く限り、“令和恐慌”を回避できる明確な戦略は見えにくいのです。

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